近年、認知症高齢者のケアとして注目を集めている「ユマニチュード」という言葉を知っているでしょうか?
介護職の方のなかには、言葉は知っていても「聞いたことがあるだけで詳しく分からない」という方は少なくないはず。そこで、ユマニチュードについて説明していきたいと思います。介護の仕事で認知症のケアに携わり始めた方、またケアが上手くいかず悩んでいる方はぜひ参考にしてみてください。
ユマニチュードとは?
ユマニチュード(Humanitude)とは「人間らしさ」「人間らしさを取り戻す」という意味をもつフランス語の造語。認知症を患っている高齢者の方に有効とされているフランスで生まれたケアメソッドです。ユマニチュードは「ケアをする人とはなにか」「人とはなにか」という哲学的な考え方と「言葉と言葉以外(表情・視線・身振りなど)」のコミュニケーション方法が基盤となっています。ケアをする際、 これまでのように「ケアする人」「ケアされる人」というような考え方は持ちません。ユマニチュードでは、ケアを受ける方との関係性を第一に考え「人と人の関係」「絆の質」に重きを置きます。ユマニチュードのケアメソッドは「見る・話す・触れる・立つ」という4つの要素に加え、5つのステップである「出会いの準備~再会の約束」までを物語のように一連の流れでおこなうというものです。ユマニチュードは、ケアを受ける高齢者だけに効果があるのではなく、ケアをする方の燃え尽き症候群(バーンアウト)も予防できるとして注目されています。<ユマニチュードの歴史>
ユマニチュードは、フランスの体育学の専門家「イヴ・ジネスト」と「ロゼット・マレスコッティ」の2人が開発したケアの技法です。1979年、初めてケアの現場に赴いてから現在までの現場での幾多の“失敗や気づき”から誕生しました。日本では、2012年に初めてユマニチュードが導入されました。2014年には、日本ユマニチュード学会の前身となる「IGMJ(ジネスト・マレスコッティ研究所日本支部)」を発足し、国内でのユマニチュードのケアの研修や研究の拠点として活動が始まりました。 そして、2019年7月に「一般社団法人 日本ユマニチュード学会」が設立されました。(h2)ユマニチュードの基本となる『4つの柱』について ユマニチュードの基本となる『4つの柱』について
ユマニチュードの4つの柱とは「あなたを大切に思っていますよ」「あなたは私にとって大切な存在ですよ」ということを、相手に分かるように伝えるための技術です。相手のことをどれほど大事に思っていても、心のなかで思っているだけでは相手にはその気持ちは届きません。気持ちを届けるには、相手がその気持ちを理解できるように“表現する”ということが大切です。その表現の方法が、4つの柱といわれる「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの技術。4つの柱のうち、どれか一つをおこなえばいいのかと思っている方はいるはず。しかし、気持ちを伝えるにはこの4つの柱から「2つ以上を組み合わせておこなう」ということが必要かつ重要なポイントです。
ユマニチュードのケア技術は全部で150以上におよび、その技術は特別なものではなく日常のケアで使えるものばかり。実際に、どのようなことをおこなうのか4つの柱について見ていきましょう。 『見る』技術について
「見る」では、ケアをおこなう相手の目を見ることが大切だとされています。
利用者のケアをおこなう際、多くの介護職の方は相手ではなくケアの対象部位を見ていることがほとんどです。ここでの「見る」は、ケアの対象部位を見るのではなく、相手を見ることで「大切に思っている」ということを伝えなければなりません。昔から「目は口程に物を言う」ということわざがあるように、言葉に出さなくても目の表情で相手に気持ちが伝わります。そのため、いくら大切に思っていても相手の目をしっかりと見なければ、その気持ちは伝わりません。また、見ることで伝わるメッセージは、相手を見る位置でも変化します。たとえば、自分よりも上の位置から見下ろされて話されるとどう感じるでしょうか?少し圧を感じたり、見下されていると感じたりと不快感を抱く方は多いはずです。自分ではそんなつもりはなくても、見下ろすことで相手に「私の方が強い」という否定的な非言語の言葉が届いてしまいます。そのため、相手を見る際の高さや距離も「見る」ことで重要なポイントとなります。目の高さは、同じ高さで見ると「平等な存在」近くで見ると「親しい関係」正面からでは「正直であること」というメッセージを相手に伝えられます。『話す』技術について
「話す」では、相手に優しさや心地よい状況を届けることが大切です。
介護職の方がケアをおこなう際、「動かないでくださいね」「すぐ終わります」といった言葉をかけている方は多いはず。しかし、これらの言葉は「命令」という意味が含まれてしまうため、相手が優しさを感じることはできません。ここでの「話す」は、ケアをするためや仕事をするための”話す“だけではなく、相手に対して「大切に思っている」ということを伝えることが必要です。その方法は、伝えたいことに合わせて「声の大きさ・低さ・ポジティブな言葉を発する」などの技術を用います。たとえば、声の大きさは大きすぎない声であれば「穏やかな状況」低めの声は「安定した関係」ポジティブな言葉は「心地のよい状態」ということを伝えることが可能です。ケア中によくあるのは、話しかけても返事が返ってこず次第に言葉数が少なくなってしまい気づいたら無言で作業しているということ。無言の状況というのは「あなたはここに存在しない」という否定的なメッセージとして伝わってしまいます。そうならないために、ユマニチュードでは自分の行っているケア内容を実況中継します。たとえば「温かいタオルを持ってきましたよ」「あたたかくなりましたね」「気持ちいいですか」などの言葉をかけ続けて、ケアの現場に無言が起きないようにします。『触れる』技術について
「触れる」では、手から愛情や優しさを伝えることが大切です。
相手への触れ方次第では、興奮のきっかけや暴言、暴力、ウロウロと歩き回るなどの行動・心理症状が現れるきっかけとなることもあります。更衣介助や歩行介助、排泄介助など、なにかしらのケアをおこなう際、必ずどこかに触れているはず。しかし、そのとき自覚はなくても相手をつかんでしまっていることがあります。この“つかむ”という行為は、相手の自由を奪ってしまうため、ストレスや不安から行動・心理症状に繋がってしまいます。触れることも相手に「大切に思っている」というメッセージを伝えるための手段の一つです。手から優しさを伝えるには「広い面積で触れる」「つかまない」「ゆっくりと手を動かす」など、手に意識を向けることが必要となります。また、コミュニケーションを取るうえで触れる場所にも注意が必要です。触れる順番としては、、背中や肩、ふくらはぎなど鈍感な場所から触れ、徐々に手や顔などの敏感な場所に進めましょう。『立つ』技術について
人間は、2本の足で立ち歩く動物です。そのため、立つという行動は「人間らしさ」が現れることの一つといえます。また、人間は立つことによって身体のさまざまな生理機能が活発に働く
ようになっています。そのため、ユマニチュードでは1日合計20分立つ時間を作ることをすすめています。これを実施することで、立つ機能が保たれ寝たきりになることを防ぐことが可能です。歩行ができるのであれば、トイレや食堂への移動、また洗面やシャワーを座らずに立っておこなうなど、ケアをする際にできるだけ立つ時間を増やすことで、1日の目標時間を達成することが可能です。4つの柱は、介護現場でケアをおこなっている方にとって「当たりまえ」だと思うことばかりだったのではないでしょうか?しかしながら紹介した4つの柱は、実践出来ていないことがほとんどです。出来ていると思っていても、実際は作業をすることに必死になってしまい、相手に対して「大切に思っていること」が伝えられていないというのが事実です。とはいえ、ユマニチュードは今のケアを見直し4つの柱を取り入れればいいというものではありません。次の5つのステップに沿っておこなうことが重要とされています。 ユマニチュードのケアは『5つのステップ』を守ることが重要!
ユマニチュードでは、すべてのケアを物語のように「5つのステップ」に沿って実施します。ステップの流れは以下のような構成となっています。
(1)出会いの準備(自分の来訪を告げる・相手の領域に入ってよいか許可を得る)(2)ケアの準備(ケアの合意を得る)(3)知覚の連結(ケアをする)(4)感情の固定(ケアの後、一緒に良い時間を過ごしたことを振り返る)(5)再会の約束(次のケアを受け入れてもらうための準備)
いずれのステップも、4つの柱(見る・話す・触れる・立つ)を組み合わせてコミュニケーションを取り、相手との絆を築くことが目的です。
Step1『出会いの準備』~来訪を伝える~
出会いの準備は、利用者に来訪を伝えることです。
友人など誰かの自宅を訪問するときのように、まずはドアをノックをします。ノックをすることで、部屋の中にいる利用者に「誰かが会いに来た」ということを知らせます。部屋に入ることを受け入れるのかどうかは利用者自身で選択してもらいます。
ここでの手順は「中にいる方に聞こえるようにノックを3回」→「3秒待つ」
反応が無ければ「再びノックを3回」→「3秒待つ」
それも反応が無ければ「ノックを1回してから室内に入る」です。
3秒という時間を挟むことで、利用者の脳が活性化する水準を徐々に高める効果があり、脳が人と会う準備をするようになります。
Step2『ケアの準備』~関係性を築く~
ケアの準備は「あなたに会うために来たよ」というメッセージを伝えて、利用者との関係性を築きます。そのため、部屋に入ってすぐにケアの話をするのは避けましょう。
親しくなれるような言葉や態度をとり、正面から近づき目を合わせ3秒以内に話始めることがポイントです。話かける際は、4つの柱にある見る、話す、触れるの技術を組み合わせながらポジティブな言葉で話しかけ、利用者との絆を作ります。ケアの提案をして3分以内に本人の同意が得られない場合は、一旦ケアをあきらめましょう。
ケアの準備をこなうことで、利用者がケアに協力的になり攻撃的な行動が減少するため、ケアをスムーズに進めていくために必要なステップです。
Step3『知覚の連結』~心地よいケア~
知覚の連結は、4つの柱にある「見る」「話す」「触れる」の技法を少なくとも2つ以上同時に用いて「あなたのことを大切に思っている」というメッセージを届け続けます。
利用者に届けるメッセージに矛盾が生じないように、言葉と行動に調和を持たせることがポイント。本人が感じるもの全てが同じ意味を持ち、ケアがポジティブなものとなるようにすることが大切です。たとえば、入浴介助で「背中を洗いますね」「気持ちいいですか」と言葉をかけても返事が得られない場合もあります。しかし言葉で反応がなくても、呼吸がゆっくりになっていたり、身体の力が抜けてリラックスしているなど、何らかのメッセージを利用者から読みとることができます。
Step4『感情の固定』~ケアの心地よさを記憶に残す~
感情の固定は、ケアを受けた経験をポジティブな感情記憶として残すこと。
ケアの後、一緒に良い時間を過ごしたことを振り返り「気持ちよかったですね」「綺麗になって気持ちいいですね」と声をかけます。ここでは、本人が「気持ちのいい時間を過ごせた」と感じることが大切です。
認知症の方は、前回のケアの内容などは忘れてしまうことが多いですが、感情記憶は残るため「誰だかわからないけれど優しい人」「嫌なことをする人」などは覚えています。そのため、利用者にポジティブな感情を伝えたうえで、次のケアに繋げる締めくくりをすることが重要です。
Step5『再会の約束』~次回のケアを受け入れてもらうための準備~
再開の約束は、 期待感や喜びを感情記憶として残すことです。
認知症の方は「また来ますね」「また会いましょうね」と約束をしても、覚えていない場合もあります。しかし「優しい人にまた会える」という気持ちは感情記憶として残るためポジティブな印象を残すことで、次回も笑顔で迎えてくれ、ケアをスムーズに受け入れてくれるようになります。
これら5つのステップは、どれも欠けることなく一つの流れとしておこなうことが必要です。
ユマニチュードは介護スタッフにも良い効果がある?!
認知症を患っている方は、ときに行動・心理症状が現れ攻撃的な言葉や態度になることがあります。また、ケアを受け入れてくれないことも多々あり、格闘するかのようにケアをおこなう場面は少なくないはず。そのため、ケアをする介護職の方や家族などは体力的にも精神的にも消耗してしまいます。介護職の方のなかには、認知症介護のあまりの大変さに燃え尽き症候群(バーンアウト)を起こしてしまう方もいるほどです。しかし、ユマニチュードのメソッドでケアをおこなうことで、利用者の攻撃的な言葉や態度は和らぎ、感情が穏やかなになり、社交的な姿を取り戻していきます。ユマニチュードでは、コミュニケーションをとり相手との関係性を第一にするため、相手の同意が得られない場合は一旦ケアを諦めるなど、ケアを実施するまでに時間がかかることもあります。しかし、ユマニチュードをおこないケアをすんなりと受け入れてくれるようになれば、結果としてこれまでのケアよりもはるかに時間短縮に繋がり、また介護職の方が受けるストレスも大幅に減少させることができます。ユマニチュードをおこなう最大のメリットは、ケアを受ける方とケアをする方(介護職や家族など)どちらもが穏やかな気持ちで日々を過ごせるようになるということです。
さいごに
ユマニチュードは、強制的なケアを無くすことが目的です。そのためには、お互いを尊重して一人ひとりが敬意を持って相手に接すれば絆が生まれ、認め合うことができるでしょう。
実際ユマニチュードは、時間に追われ常に忙しい介護現場での実施は、周囲の理解がないとなかなか難しいかもしれません。しかしながらユマニチュードは、利用者にとってケアが楽しみになり、ポジティブな感情記憶を残すことができる技術です。また、スタッフのストレスや軽減や燃え尽き症候群(バーンアウト)の予防、また仕事の効率化に繋がるという点でも積極的に導入していきたい技法だといえます。
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